17世紀のオランダ黄金時代を代表する画家、ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)。
現存する作品は約37点と少ないながらも、「真珠の耳飾りの少女」や「牛乳を注ぐ女」など、世界中で愛される名画を残しました。
フェルメールは生涯のほとんどを、故郷であるデルフトで過ごした画家です。現在もデルフトには、フェルメールが暮らした街並みや作品のモデルになった場所、眠る教会など、多くのゆかりの地が残されています。
この記事では、フェルメールの生涯や代表作品を紹介するとともに、デルフトで訪れたいゆかりのスポットをまとめました。
「フェルメールってどんな画家?」
「代表作品はどこで見られる?」
「デルフトでは何を巡ればいい?」
そんな疑問を持つ方は、ぜひ旅の参考にしてみてください。

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こんな人におすすめ
- フェルメールが好き
- デルフトを観光する予定
- オランダで美術館巡りをしたい
- 「真珠の耳飾りの少女」の背景を知りたい
- フェルメールゆかりの地を歩いてみたい
フェルメール作品をもっと知るなら「フェルメール美術館」
デルフトでフェルメールについて学ぶなら、最初に訪れたいのがフェルメール美術館(Vermeer Centrum Delft)です。
ここは作品を展示する一般的な美術館ではなく、フェルメールの人生や制作技法、光の表現、絵画に込められた工夫などを詳しく学べる体験型ミュージアム。
現存する約37作品すべてのレプリカが展示されているため、世界中に散らばる作品を一度に見比べられる唯一の場所でもあります。
館内は日本語の解説にも対応しており、フェルメールを初めて知る方でも楽しめる内容です。
さらに受付では日本語版のデルフト街歩きマップを無料でもらうことができます。このマップにはフェルメールゆかりの地が掲載されているので、美術館を見学したあとに街歩きを楽しむのがおすすめです。
フェルメールの作品を知ってからデルフトを歩くと、街の景色がより特別なものに感じられます。
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フェルメールの代表作品
フェルメールの現存作品は約37点と決して多くありません。しかし、そのほとんどが世界中の美術館で大切に所蔵されており、現在でも多くの人を魅了し続けています。
作品数が少ないからこそ、一枚一枚の完成度が高く、「光の魔術師」と称される繊細な表現は今なお高く評価されています。
ここでは、フェルメールを代表する作品と、実際に鑑賞できる美術館をご紹介します。
真珠の耳飾りの少女(Girl with a Pearl Earring)

フェルメール作品の中でも世界で最も有名な一枚が「真珠の耳飾りの少女」です。
柔らかな光に照らされた少女の表情と、青と黄色のターバン、そして大きな真珠の耳飾りが印象的な作品で、「北のモナ・リザ」とも呼ばれています。
現在はデン・ハーグのマウリッツハイス美術館に所蔵されており、デルフト観光とあわせて訪れる方も多い人気作品です。
牛乳を注ぐ女(The Milkmaid)

フェルメールの日常画を代表する作品が「牛乳を注ぐ女」です。
台所で静かに牛乳を注ぐ女性を描いた作品ですが、窓から差し込む自然光や、パンの質感、陶器の描写まで驚くほど繊細に表現されています。
一見すると何気ない日常の風景ですが、その静けさや空気感まで描き出した傑作として世界中で高く評価されています。
現在はアムステルダム国立美術館(ライクスミュージアム)で鑑賞できます。
デルフトの眺望(View of Delft)

フェルメールが故郷デルフトを描いた数少ない風景画が「デルフトの眺望」です。
空と雲、水面に映る街並みまで丁寧に描かれた作品で、「世界で最も美しい都市風景画」と称されることもあります。
現在も作品のモデルになった場所がデルフトに残っているため、実際の景色と絵画を見比べながら散策できるのも魅力です。
作品はデン・ハーグのマウリッツハイス美術館に展示されています。
小路(The Little Street)

「小路」はフェルメールが描いたもう一つの貴重な風景画です。
派手な建築や名所ではなく、ごく普通の住宅街を描いた作品ですが、人々の日常を温かく切り取った名作として知られています。
現在もデルフト市内にはモデルとなった場所が残されており、壁面には作品を再現したウォールアートも設置されています。
作品はアムステルダム国立美術館に所蔵されています。
フェルメールの人生
現存する作品は約37点。それにもかかわらず、フェルメールは世界で最も有名な画家の一人として知られています。
しかし、その人生は決して順風満帆ではありませんでした。
裕福とはいえない家庭に生まれながらも才能を開花させ、一時は名声を得たものの、戦争による不況で人生は一変。亡くなった後には長い間その存在すら忘れ去られてしまいます。
現在の世界的な人気からは想像できない、波乱に満ちたフェルメールの生涯を見ていきましょう。
裕福ではなかった少年時代
1632年、フェルメールはデルフトで生まれました。
父親は宿屋や酒場を経営するかたわら、美術品の売買にも携わっていましたが、決して裕福な家庭ではなく、借金を抱えていたとも伝えられています。
そんな環境で育ったフェルメールは、若い頃から絵画に才能を発揮し、1653年、21歳で画家組合「聖ルカ組合」に加入。正式な画家として活動を始めます。
結婚が転機となった画家人生
フェルメールの人生が大きく変わったのは20歳頃の結婚でした。
裕福な家庭の娘カタリーナ・ボルネスと結婚したことで、義母から経済的な支援を受けられるようになります。
17世紀の画家の多くは副業を持ちながら生活していましたが、フェルメールは比較的恵まれた環境で創作活動に専念することができました。
生活の心配が少なかったこともあり、一枚一枚に時間をかけ、光や空気感まで丁寧に描き込む独自の作風が生まれたとも考えられています。
フェルメール・ブルーと「光の魔術師」

フェルメール作品を語るうえで欠かせないのが、美しい青色です。
代表作「真珠の耳飾りの少女」でも印象的に使われているこの鮮やかな青は、天然鉱石ラピスラズリから作られる高価な顔料「ウルトラマリン」。
当時は金にも匹敵するほど高価だったといわれています。
この贅沢な青を惜しみなく使用したことから、「フェルメール・ブルー」と呼ばれるようになりました。
さらに窓から差し込む柔らかな自然光や、室内に漂う静かな空気まで描き出す表現力から、フェルメールは現在でも「光の魔術師」と称されています。
戦争によって失われた名声
画家として成功を収めたフェルメールでしたが、その暮らしは長くは続きませんでした。
1672年、オランダは「災厄の年(Rampjaar)」と呼ばれる戦争の時代を迎えます。
第3次英蘭戦争などの影響で経済は急激に悪化し、美術品はほとんど売れなくなりました。
支援者も失い、義母の家計も苦しくなったことで、フェルメールの生活は一変します。
そして1675年、43歳という若さで死去。死因は現在も明らかになっていません。
当時は11人の子どもを抱え、多額の借金も残されていました。妻カタリーナは返済できず、破産を申請することになります。
「忘れられた画家」が世界的巨匠になるまで
フェルメールは生前、高く評価されていた画家でした。
しかし作品数が少なかったこともあり、18世紀になると次第にその名は忘れ去られていきます。
再び世界がフェルメールに注目したのは19世紀半ばのこと。
フランスの美術評論家テオフィル・トレ=ビュルガーがフェルメールを紹介する論文を発表したことをきっかけに、「忘れられた画家」として再評価されます。
その後、研究が進むにつれて作品の価値は世界中で認められ、現在ではレンブラントと並ぶオランダ黄金時代を代表する画家として、多くの人々を魅了し続けています。
フェルメールゆかりの地マップ
デルフトにはフェルメールゆかりのスポットが徒歩圏内に集まっています。
フェルメール美術館で配布されている日本語版の街歩きマップを利用すれば、初めてでも効率よく巡ることができます。
- フェルメール美術館
- フェルメールの生家跡
- 旧教会(墓所)
- 「デルフトの眺望」のモデル地
- 「小路」のモデル地
フェルメールゆかりの地を歩こう
フェルメールは生涯のほとんどを故郷デルフトで過ごしました。
そのためデルフトの街には、作品の舞台になった場所や眠る教会など、今もなおフェルメールゆかりのスポットが点在しています。

おすすめは、フェルメール美術館で配布されている日本語版の街歩きマップを片手に巡ること。このマップにはフェルメールゆかりの地が分かりやすくまとめられており、初めてデルフトを訪れる方でも効率よく散策できます。
作品の世界と実際の街並みを見比べながら歩くと、デルフト観光がより楽しくなります。
「デルフトの眺望」のモデルになった場所

フェルメールの代表作のひとつ「デルフトの眺望(View of Delft)」は、デルフトの街を描いた数少ない風景画です。
静かな運河の向こうに広がる街並みと、空に浮かぶ雲、水面に映る光まで繊細に描かれたこの作品は、「世界で最も美しい都市風景画」と称されることもあります。
現在も絵のモデルとなった場所が残されており、実際に立ってみると約360年前とほとんど変わらない景色に出会うことができます。
写真と作品を見比べながら散策すると、フェルメールが見ていたデルフトの風景をより身近に感じられるでしょう。
▼ デルフトの眺望モデル地
MAP:Zuideinde, Delft
「小路」のモデルになった場所

もうひとつ訪れたいのが、風景画「小路(The Little Street)」のモデルになった場所です。
何気ない住宅街を描いた作品ですが、当時の人々の日常を切り取った名作として知られています。
現在は住宅そのものは残っていませんが、現地には作品を再現したウォールアートが設置されており、フェルメールゆかりの場所として人気のフォトスポットになっています。
観光名所というより、デルフトの日常を感じられる静かな場所なので、街歩きの途中に立ち寄ってみるのがおすすめです。
▼ 「小路」モデル地
MAP:Vlamingstraat 42, 2611 KX Delft
フェルメールが眠る旧教会

デルフトを訪れたら、フェルメールが眠る旧教会(Oude Kerk)にも足を運んでみましょう。
1325年に建設が始まった歴史ある教会で、塔が少し傾いていることから「オランダ版ピサの斜塔」とも呼ばれています。
1675年に亡くなったフェルメールは、この旧教会に埋葬されました。教会内には墓碑もあり、今なお世界中の美術ファンが訪れる場所となっています。
建物そのものも美しく、静かな空間でフェルメールの人生に思いを馳せながら見学する時間は、デルフト観光の中でも印象に残るひとときになるでしょう。
フェルメール作品はどこで見られる?
フェルメール作品は世界各地の美術館に所蔵されていますが、オランダだけでも代表作をいくつか鑑賞できます。
デルフト観光とあわせて訪れるなら、次の3館がおすすめです。
| 美術館 | 見どころ |
|---|---|
| フェルメール美術館(デルフト) | 現存約37作品(レプリカ)を一度に鑑賞。フェルメールの生涯や技法を学べる。 |
| マウリッツハイス美術館(デン・ハーグ) | 「真珠の耳飾りの少女」「デルフトの眺望」を所蔵。 |
| アムステルダム国立美術館 | 「牛乳を注ぐ女」「小路」などフェルメールの代表作を所蔵。 |
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まとめ|フェルメールの故郷デルフトで作品の世界を歩こう
フェルメールの作品は世界中の美術館で鑑賞できますが、生まれ育ったデルフトを歩くと、作品の背景や画家としての人生をより身近に感じることができます。
フェルメール美術館では作品の制作背景や技法を学び、日本語の街歩きマップを片手にゆかりの地を巡れば、17世紀のデルフトの風景が少しずつ重なって見えてきます。
さらに、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館では「真珠の耳飾りの少女」や「デルフトの眺望」、アムステルダム国立美術館では「牛乳を注ぐ女」や「小路」などの代表作も鑑賞できます。
作品を見るだけで終わらず、実際にフェルメールが暮らした街を歩いてみると、新たな発見がきっとあるはずです。デルフト観光とあわせて、フェルメールゆかりの地巡りもぜひ楽しんでみてください。
フェルメール観光 よくある質問
フェルメールの作品はデルフトで見られますか?
デルフトのフェルメール美術館では、現存する約37作品の高品質なレプリカを鑑賞できます。実物の作品はありませんが、作品の解説や制作技法、フェルメールの人生を詳しく学べる美術館です。
フェルメールの代表作はどこで見られますか?
「真珠の耳飾りの少女」と「デルフトの眺望」はデン・ハーグのマウリッツハイス美術館、「牛乳を注ぐ女」と「小路」はアムステルダム国立美術館で鑑賞できます。
フェルメールゆかりの地は徒歩で巡れますか?
はい。デルフト旧市街はコンパクトなので徒歩で巡れます。フェルメール美術館でもらえる日本語版の街歩きマップを利用すると、ゆかりの地を効率よく巡ることができます。
