見るからに異物な巨大なお椀型の建築物をご存知でしょうか。
こちらはロッテルダムにあるボイマンス美術館の専用収蔵庫として建てられたデポ・ボイマンス、2021の秋にオープンし世界中のアート・デザイン関係者から注目を集めている建物です。
そしてこの大釜建築物を設計したのはオランダを代表する設計集団MVRDV。
世界初の公開型収蔵庫デポ・ボイマンス、待ちに待った建築なのでさっそく訪れてきました。
収蔵庫デポ・ボイマンスを徹底解説
デポってなんだ?
<屋外照明設計用模型>
この建物の正式名称はDepot Boijmans Van Beuningen(デポ・ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン)です。
Depot(デポ)とは英語で貯蔵庫や倉庫を意味する単語で、デポ・ボイマンスは美術館ではなく収蔵庫になります。
収蔵庫とは、貴重で繊細な文化財を長期間、最良の状態で保存しておく倉庫のことで、隣接するボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館(BoijmansVan Beuningen)の作品を保管するために建設されたのがデポ・ボイマンスです。
ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館は15万点以上の美術品を所有しておりますが、美術館で展示されているのはそのうちの8%くらいで、あとは収蔵庫に保管されています。
これはボイマンス美術館に限ったことではなく、一般的な美術館のほとんどは所有作品の5〜20%くらいしか展示できず、残りは収蔵庫に保管されたり修復されており、季節やイベントによって展示作品の入れ替えを行っています。
収蔵庫を見学できる施設は世界初!
<コンセプト模型>
収蔵庫は美術館の舞台裏です。
貴重な美術品は温度・湿度・照度の管理が必須となっているため基本的には学芸員や美術館職員しか入ることが許されないエリアです。
そんな秘密の舞台裏に潜入できるのがデポ・ボイマンスの魅力になっています。
デポ・ボイマンスではボイマンス美術館が所有する15万点以上の作品を誰もが鑑賞できるようになりました。
デポ・ボイマンス建物内の99%は一般公開されており、隅から隅まで貴重な美術品を見ることができます。
誰もがアクセスできるミュージアム型の収蔵庫は世界初の試みで、多くのアート関係者から注目をあびている施設です。
訪問者は絵画、彫刻、家具、陶器などの貴重なアートコレクションの保存修復プロセス、梱包、輸送を見ることもできます。
美術品の収蔵と展示
一般の収蔵庫と同様に多くの美術品はラックに掛けたり、キャビネットに保管されています。
ただしそれだけでは味気ないのでデポ・ボイマンスでは、収蔵に展示の要素も取り込まれています。
建物内の中央には地上階から屋上まで吹抜けのアトリウムとなっており、その高さはなんと35mもあります。
このアトリウムには大きなガラスケースが13個吊るされており、学芸員が選んだ芸術作品が収蔵展示されています。
上下左右のどこを見ても視線の先には美術品、時には床下にまで展示スペースがあり、透明な通路を歩きながら美術鑑賞ができるようになっています。
透明な床は数カ所あるのですが、めちゃくちゃ怖いです。ビクビクしてたら周りのおばさまたちに笑われてしまいました。
アトリウムの13個のガラスケースはMarieke van Diemenによってデザインされています。
保管のための空調制御システム
デポ・ボイマンスにある美術品は作品の時代や画家に寄って分類されてはおらず、作品を保管するのにベストな空調温度によって収蔵する部屋が決められています。
デポ・ボイマンスには5つの異なる空調ゾーンがあり、金属、プラスチック、有機/無機、白黒画、カラー画、と異なる素材の美術品に適した空調ゾーンごとに分類されて保管しています。
アトリウムに面した大窓から収蔵している美術品を閲覧することができるようになっています。大窓の横にあるスイッチを押すと倉庫内の照明が点灯するようになっていました。
空調管理されている収蔵スペースには一般の方は入場できませんでした。ただしガイドツアーに参加すれば一部の収蔵庫に入れるようです。(白衣をきている方達がツアー参加者です。)
また一部の作品(版画、図面、写真など)は暗所に保管されていますが、これらのコレクションを閲覧したい場合はリクエストすることもできるようです。また映画やビデオのコレクションは特別室で鑑賞できるようになっています。
フロアプランと展示室
地上6階建て+屋上階があるデポ・ボイマンス。それぞれの階の特徴をまとめてみました。
1階
まず入口のドアが見るからに近未来です。ランボルギーニのシザードアのような造りになっています。
中に入るとチケット確認(現在は全てオンラインチケット制)、そしてロフト部分にロッカースペースがあります。
ロッカーは1ユーロって書いてありましたが、備え付けの青いコインを使えば無料です。
荷物をロッカーに入れたら中央のガラス部屋から入場できます。
まずは真上をごらんください。
ここから屋上まで吹抜けになっているので迫力ある眺めが最初に飛び込んできます。
2階と3階
ガラスケースの展示品や大窓から覗ける収蔵庫を閲覧することができます。
アトリウム上下に広がる空間と多彩な作品で埋め尽くされているので、目が泳いでしまいます。
デポ・ボイマンスは基本的に階段移動となりますが、エレベーターもあります。
エレベーターはガラス張りなので昇降中にも名作に出会うことができます。
また大型荷物運搬用エレベーターもガラス張りです。普通の美術館だったら最も経費削減される所をあえてガラス張りでデザインし、来場者が運搬の様子も見学できるようになっていました。
残念ながら訪れた日は稼働してませんでしたが、2〜3m四方の巨大ガラス張りエレベーターの稼働を見れたらとてもラッキーだと思います!
4階
建物の外壁に近い部分のスペースが美術品の修復や分析などの作業スペースになっていて、作業部屋を見学することができます。
実際にどんな作業をしているかなどはガイドツアーに参加すると解説をうけれるようです。
5階と6階
一部の部屋が展示室となっています。現在はボイマンス美術館の歴史やデポ・ボイマンスの建築展示が主になっていました。
空き部屋のところもあり、ここはRC(コンクリート)剥き出しのままになっていたので建築仕様を垣間見ることもできました。
屋上階
屋上階がこの建物で最も床面積の広いフロアで、展示室、カフェ・レストラン、そして屋上庭園が開放されています。
屋上階は天井や壁がミラーになっているので、アトリウムの延長のような雰囲気を受けました。
カフェの家具もカラフルにデザインされていて、椅子の形状や色がちょっとずつ異なっていておしゃれでした。
カフェにメニューがなかったのですが、コーヒー・紅茶・アルコール各種、ビターボーレン、アップルパイなどがあるそうです。まだオープンしたてなので、スタッフさんもバタバタしてましたがコーヒーは美味しかったです。
屋上庭園からはロッテルダムを一望することできます。が、上着をロッカーに預けているのでめっちゃ寒いです。
冬季には不向きですが、冬の間は日没が早いので夜景も見ることができます。(デポ・ボイマンスは18時まで営業)
設計・構造・デザイン
6階に設計図が展示してあったので、そこから建築様式を読み取ってみました。
構造
どうやら放射状グリッドがベースになっており、一番外周側に10本の柱、その内側にアトリウムを囲うように10本の柱、残った半円部分の中央に各1本(計2本)、全合計22本の柱でで支えているようです。
6階でむき出しになっていた柱の直径が目測で60cmくらい、外壁のコンクリート厚が30cmくらいありました。
思ったよりもガッチリした構造でした。外壁のガラスパネルの重量や建物の自重が重いのかな思います。
この大きなお碗型の建物は、屋上の面積より地上階の面積が小さくなります。
地上階のフットプリントが小さいことで、広い動線の確保ができたり、また庇や雨除けや樋が不要になっています。
その他にも外壁のミラーパネルへの映った街の景観が、地上を歩く人目線へと反射する角度になっています。
1つのデザイン・アイディアが芸術性と機能性を備えた、まさにダッチデザインとなっています。
特徴的なファサード
<コンセプト模型>
De Pot(デ・ポット)はオランダ語で大きな釜を意味し、建物の形状のコンセプトにもなっています。
親父ギャグみたいなアイディアをクールにデザインするのがMVRDVの手腕です。
そしてこの建物の最も特徴的なのは鏡面張りのファサード(外壁)です。
外壁面積6609m2を1664枚のミラーパネルで覆われています。
建物を立面(真正面)で見るとおおよそ縦40m横60m、これだけ巨大な建物が鏡面張りなのは初見だったので迫力を感じました。しかしながら大きさに対しての圧迫感はかなり抑えられているように感じます。
こんな大きな建物をコンクリートで仕上げたら巨大な岩になってしまいますが、ミラーパネルによる視覚効果によって存在感が薄くなっています。
またお椀型なことで、周囲への太陽光反射が少なっているのも素晴らしいアイディアです。
ファサードをミラーパネルとすることで周囲の環境が映り込み、「ここにあるけどここにない」、建物自体が自然や風景を取り込み、街にとけ込むキャンパスになっています。
日没後のインスタレーション
現在は夜間にスイス芸術家ピピロッティ・リスト(Pipilotti Rist)によるインスタレーションが催されています。
地面に投影されたカラフルな映像が建物の外壁にも映り込んでとても綺麗です。
夏期期間の有無や投影時間は分かりませんが、辺りが暗くなった17:40頃から始まりました。デポ・ボイマンスの営業時間が18時までなので、建物内からも見学できたようです。
デポ・ボイマンスは2020年に建物は竣工していましたが、その後1年かけて収蔵庫が整備され2021年11月6日にグランドオープンしました。
*ボイマンス美術館は2028年まで改修工事のため閉館しています。
あとがき
待ちに待ったデポのオープン、さすがに初日のチケットは取れませんでしたがオープンセレモニーにはオランダ国王様も来訪されたそうです。
MVRDVの建築は斬新なデザインが多いのですが、読み解くとかなり洗練されていることが多いのが特徴的です。今回のデポもインパクトの強い建物形状をしていますが、この形状であることで様々な問題点が解決されています。
収蔵庫は美術品を保護するために開口部が少なくなります。多くの美術館では地下に設置される施設です。そして15万点という多量の美術品を保管するには巨大な建物が必要となります。
もしこのデポが長方形のコンクリート仕上げの建物だったら、同じ大きさでもものすごい威圧感が街中に発生していたでしょう。デポがお椀型であること、そしてミラー張りであることは、理にかなった設計になっています。
また建物内部はMVRDVが長年研究している複雑に見えてシンプルな動線。写真で見ると上下左右に複雑に広がる廊下や階段のように映りますが、実際に歩いてみると単純な一本道です。MVRDVは今までの多くの建物でもこのような動線を計画してきたので、新しいプロジェクトごとにその設計が洗練され、さらに観る角度により印象が変化するような新しいデザインを生み出しています。
デポの動線デザインは見ても歩いても楽しめる設計になっていました。また手すりや展示台が全てガラスとなっていることで、ガラスへの反射による錯覚が起き、見た目の複雑さを増長させていました。
ミラーやガラスを多用して空間認識を広げる、奥行きの反射を感じる素晴らしい建物でした。
今回は建築を見るのをメインにしたので、次はツアーに参加してみたいと思います。