Schröderhuis(シュレーダー邸)
シュレーダー邸は、その名の通りシュレーダーさんのお家。
シュレーダー夫人と3人の子どもたちのために1924年にユトレヒト市内に建てられました。
オランダ建築家リートフェルトのシュレーダー邸は、建築好きなら誰もが知っている有名な建物です。
モンドリアンの抽象画を建築化したかのような外観は、今なお人目を惹きつけます。

市街地から少し外れている土地は、建設当時は周りに建物もほとんどなく、自然に囲まれた場所でした。
こじんまりとした家の大きな窓からは、緑豊かな景色が一望できたそうです。
現在は残念なことに周りは住宅地、目の前には陸橋が建ってしまいました。

ネオ・プラスティシズム、エレメンタリズムを理念としたデ・ステイル建築を代表する作品で、現在はユネスコ世界遺産に登録されており、ミュージアムとして管理されており見学することができます。

Schröderhuis概要(2018年6月現在)
火〜日11〜17時(予約制)
€16.50
ミュージアムカード可(€3.00)
Prins Hendriklaan 50, 3583 EP Utrecht, オランダ
Schröderhuis





シュレーダー邸の豆知識
2階建てのシュレーダー邸。
1階にはスタジオ、書斎、台所、メイド室があり、全ての部屋に外部へとアクセスできる扉がついています。
そのため下宿として貸し出したりと、多様に使うことができたそうです。

2階はリビング、夫人の寝室、息子の部屋、娘2人の部屋、バスルームとなっており、2階の全ての間仕切りは可動式で、壁を収納すると1つの広い部屋として使うことができるようになっています。
壁の収納方法も独特なため、一見カラクリ屋敷だと感じるほど精巧な造りです。

当時のヨーロッパでは、まず部屋の壁が動く(収納する)といった概念がなかったため、用途や場面によって壁を動かし空間の質を変えるといった発想自体が新しく、またそれを実現したという点が、斬新であり新しいデザインスタイルとして賞賛されました。
また部屋ごとの床の色が異なるため、壁を収納した状態でも、それぞれの部屋のエリアはなんとなく分かり、でも物理的に壁がないため開放感や繋がりがあり、その繋がりは大きな窓を介し、外までへも延長してゆきます。

現在の日本の一般的な住宅だと、リビング横の和室の襖が可動間仕切りの役目をはたしています。
用途によって襖を開けたり閉めたりする事で部屋の開放感が変わるように、シュレーダー邸の2階の印象は、壁の有る無しで全く異なる家のようになります。

(ただこの最先端過ぎるスタイルにシュレーダー夫人の娘さんは戸惑いもあり、友人たちにこの奇妙な家に住んでいるということを隠していたそうです。)

シュレーダー邸の構造様式は特殊で、
基礎とバルコニーのみ鉄筋コンクリート、壁は組積造、床と屋根は木造、そして一部補強材としてI型鋼を用いるという、奇妙な複合構造建築です。
建築家リートフェルトは鉄筋コンクリート造を計画していましたが、当時の技術ではとても高価な見積もりになってしまったため、このような構造となったそうです。

地上2階建ての建物でありながら、建築許可申請では2階部分は屋根裏として許可を得ています。(つまり申請では地上1階建ての建物として扱われているのです。)
2階部分を居住エリアとして申請してしまうと、建築法規により様々な制限や規制がかかるため、このカラクリ屋敷は建設許可を得ることが非常に難しくなってしまっていたのです。

<シュレーダー邸内には靴スリッパを履いての入場になります。館内の撮影は可ですが、SNSなどへの掲載などはしないで欲しいと言われました。>




リートフェルトの豆知識
ユトレヒト出身のリートフェルト(本名:Gerrit Thomas Rietveld、ヘリット・トーマス・リートフェルト、1888年〜1964年)
家具職人の父のもとで修業し、1911年に自分の家具工場をはじめ、のちに建築も学びます。
1918年、モンドリアンらとともに芸術運動デ・ステイルに参加。
1924年にシュレーダー邸を建て、1932年までシュレーダー邸の1階を間借りして仕事場にしていました。

<シュレーダー邸にはリートフェルトの家具のミニチュア模型が展示されています>

オランダ建築家であり、家具デザイナーでもあります。
リートフェルトの家具の方が有名な作品が多いです。
1918年「赤と青のいす」、1932年「ジグザグチェア」などなど。


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